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November 2006に作成された記事

November 26, 2006

絵に描いた餅?文章の中のブリッジ、義歯?

今、会の中で

国会での桜井議員の質問「歯周治療と補綴は両立していいのか」

厚労省の返答「一般的に望ましくない」

この部分で問題が起こってきそうな話が出ています。

歯周治療とは、一般に歯槽膿漏の治療のことで、補綴とは被せたり、ブリッジ、義歯の総称です。口の中全体で歯周病が治療の必要がなくなるまで、義歯や、ブリッジが、入れられない恐れが出てきています。

たとえとして、一般の生活習慣病で考えてみると、胆石の手術を受けようとすると生活習慣病の高血圧や糖尿病があるからこれを改善してから手術をしましょうという事は、良くある話です、でも 高血圧や糖尿病のお医者さんによる管理が必要なくなるまで手術をしませんと言われたらどうでしょう?

普通、お医者さんの指導管理の下で投薬を受け症状が安定して改善してきたら、早々に手術を受けるのが通常ですね。

歯周病のときにも症状が安定して改善してきたら歯医者さんの歯周病の指導管理の状態であっても早期に落ち着いたところから義歯やブリッジを入れて咬みあわせを安定させてまだ弱い歯に咬む力を集中させないようにしてより歯周病を改善させようとすることがよくありますが、ここに上で述べた問題が引っかかります。

「入れ歯を入れてくれ」「咬めるようにしてくれ」と歯医者さんに行っても、歯周病が治療の必要がなくなるまで補綴処置が出来ないとなると、いつまでも咬めないままで過ごすことになります。

その時のためということで、歯周装置という仮義歯や仮歯が保険の項目にはありますが、歯周手術をした時だけとか、とても採算に合わない保険上の制約からまさに絵に描いた餅、誰かの机の上の文章にあるだけの義歯、や仮歯となっています。

そして、保険で補綴が早期に出来ないということになると、保険の中の補綴処置は、絵に描いた持ち、文章の中に書いてあるだけの処置になって、実際は、保険で義歯やブリッジが早く入れられないで、自費で全額自己負担で補綴処置をしなければならないことになります。

今でも、混合診療という名前で、全額自己負担の項目を増やそうという流れがありますが、保険の中に書いてある処置が絵に描いた餅、文章の中にあるだけの義歯で、実際には全額自己負担しなければならないように仕向けられたら、はたして、患者さんが求める診療はどうなるのでしょう?

必要な項目が絵に描いた餅のように実際に出来ないようになって、保険の財政が助かる? そんな保険診療への心配が増えてきています。

みんなの歯科ネットワーク会員の先生が書かれた文を、許可を受けて転載しました。G3

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November 25, 2006

心配は現実に

以前の記事でも混合診療の解禁を取り上げたが、みんなの歯科ネットワークの先生方と話をしていると、その危惧はいよいよ現実になってきたようである。

みな歯科のMLで36先生が危惧を寄せたのだが、タイミングよくというか、必然か、鞍先生のブログや情念党HPでもまったく同じような内容でそれぞれが混合診療というより、保険歯科診療での補綴外しの危惧に触れたわけである。

混合診療と言うと、字面だけ見れば何の問題も無い今の保険制度の延長に見えるのだが、実態は公衆衛生予防と歯科疾患の治療は保険で行うが、欠損したり崩壊した口腔内の噛合わせや咀嚼の機能までは保険ではカバーしないと言うことである。

実は、現行制度での補綴の割合は歯科診療の5割くらいを担っている。
それ故歯科技工士の存在も大きいのであるが、その歯科技工士の収入や労働環境、就労問題がここに来て多少はスポットライトが当たるかと思われたのであるが、そこにライトがあたるという事は、歯科保険診療の不採算性を白昼の下に晒すことに他ならないわけで、厚生や労働と言う名を冠する省庁がこれらを放置してきた事をもまた天下に晒す事になるわけである。

そして国や官庁にとって今もっとも大きな課題は、悪化した財政問題を構造改革の名のもとに、2010年度までには名目上のプライマリーバランスをプラスマイナス0に持ってゆくことであり、お上の頭には歳出カットしかないわけで、これらの要素を勘案すれば、問題追求されるよりは補綴をばっさり切ってしまえば、問題の歯科技工士も壊滅し、医療行政のミスで増えすぎた歯科医師の怨嗟の声も封じ込められるという、厚生労働省のお役人にとっては一石二鳥の案と言うわけである。 いや、経団連などの負担も減らせて経営者の受けもよろしくなるし、連合などに対しても、医療負担を減らせましたと報告できるわけだ。 二鳥にも参鳥にもなるわけだよ。

保険診療から外された補綴需要はどこに行くのかといえば、お金を負担できる人もそうでない人も、アメリカ資本の保険会社などが囲い込んでくるだろう。 勿論、行革審の委員だった○リックスだって虎視眈々どころか準備万端だろう。

アメリカの資本家達にとっては、日本の医療保険もマーケットとしか認識していないから、年次改革要望書にもこの事はしっかり書かれている。

これだけ状況証拠ときな臭い噂、何よりも厚生労働省の宦官たる技官の言動を聞けば、何年も前からシナリオが書かれていたことは明白だと思う。
嘘だと思うなら、歯科ではないが技官の本音を除いてみてから判断めされい。

厚生官僚の胸の内
http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/11/post_3a71.html

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November 24, 2006

入れ歯屋G3

Q1010369


一応歯科技工士だから入れ歯も作る。
ただし、手は遅い。

営業もろくにしていないから、受注も殆ど無い。
もっぱら知り合いで、作って欲しいと頼まれた時に、一番型を取るのが上手い先生にその患者さんを紹介する形で仕事させてもらっています。

川向こうのおじさんとおばさん、元町議会議長、そして両親。
その他には4ケースくらいしかやっていません。
まだまだ勉強です。

両親とも上手く入ったようで、自分の作った入れ歯が少なくともまともに機能するしフィットする事を自分の目でじっくりチェックする事も出来ました。

大多数の患者さんの入れ歯は、歯科技工士が作っているのですけれど、口腔内での適合やかみ合わせのチェックは許されていません。
隔靴掻痒を感じながら入れ歯を作っているようなものです。

良い入れ歯を作って、確実にフィットさせれば元気を取り戻せる人たちが沢山いるはずなんです。
でも今の保険医療制度では入れ歯すら作れないあわせられない歯科医療になってしまいそうです。

社会が国民の意思がそれを望んでいるのなら、仕方が無い事だし、歯科医師や歯科技工士、衛生士も世の中に必要ではないと言うことでしょう。

でも、YOSSYさんやふくちゃんなら分かってくれると思うけど、装身具が無かったら生活とかすごく苦労するだろうと思う。

入れ歯も本当は苦労している人が沢山居る。
しかし制度はその人たちと医療提供者側とを結ぶ掛け橋とはなっていない。

これって本当はすごく不幸な事なんだと思うよ。

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November 09, 2006

刷り込まれる意識

子供連れで買い物に出かけると、せがまれてゲームコーナーなどに足を運ぶ事が多い。
お目当てはコインゲームである。
100円で10枚が1000円で150枚とかになるので、何か得した気分で千円札を投入してしまう。

だが、その100枚や150枚も物の30分とかからずに消えてしまうのである。
得したような損したような気分で何気に器械のメーカーを見てはたと思い当った。

「これってギャンブルに対する刷込みじゃないの?」

幼児の時から、コインゲームなどで遊ぶ事を覚えれば、パチンコやスロットなどのギャンブルも、コインゲームの延長と言う事で、抵抗感や警戒心が薄れてしまうのじゃないだろうか。

アミューズメントと謳っているが、パチンコメーカーとゲーム機メーカーが同じ会社というのも多いのである。

このことをかみさんに話したが、「100円くらい良いじゃないの」と言って取り合ってくれない。

おいらがパチンコに行きたいなんて言おうものなら青筋立てて怒るくせにさ。

射的心、当たった時の陶酔感はゲームもギャンブルも同じなんだけどな。

こうやって幼児の時から刷り込む事で、警戒心を解き信用させてしまうやり方って、戦後ずーっとアメリカからやられてきたことでもあると、誰かが言っている。 占領国のTV番組を繰り返し見ることで、アメリカンドリームや豊かな暮らし、良い国というイメージをみんなが子供の時から持つようになっている。
まさかアメリカが日本を日本の国民を食い物にしているなんて夢にも思わないよね。

でも本当に良い国良い事ばかりなんだろうか?

アメリカと付き合うことでどれだけコストがかかるか考えたことがあるのだろうか。

中川政調会長や麻生外相がさかんに「核」と言っているのも「核」のアナウンス効果を狙っている事なんだと思う。
毎日みたいに目にしたり耳にしたりしていれば、「核アレルギー」も警戒心もなんとなく消えてしまうような気がするしそれこそが政府や自民党の狙いだろう。 それを後押ししているのはほかでもないアメリカそのものだと思う。

「核」は決して安くは無い。

海兵隊のグアム移転は、抑止力の低下になるけど、「核」が岩国や三沢、沖縄に置かれれば充分以上の抑止力になると政府もアメリカも考えているのだろう。

海兵隊の移転費用もなぜか日本が負担し、お次は「核」配備とその維持費用が国民の新たな負担となるのだろう。

社会保障なんかにお金が廻らないのは当然と言えば当然の話である。
ほいでもって子供のギャンブルへの警戒心を落とす事は、国民の政府や政策への警戒心も落とす効果があるのだなあと納得したわけであった。 

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November 07, 2006

本当の戦争

トヨタの利益が2兆円を超えるそうだ。 800円のインレーが日に3本しかない零細ラボには想像も出来ない数字である。
しかし、この先も同じような利益を計上しつづける事が可能なのであろうか?

トヨタの売りは燃費のいい小型車やハイブリッド車を多数持っていることである。 しかも販売先の国に現地工場も持っている。

ところで、多少は落ち着いてきたが、相変わらずガソリンが高い。 満タンにしたら1万円札が飛んで行くと言うのは心臓に良くない。 だが、石油の埋蔵量が後30年しかないとか言われたのはいつの事だったかな?

既に原油産出のピークは過ぎたと言うし、万札が何枚あってもガソリンが買えないと言う時代もすぐそこにきているのだと思う。
アメリカのテロとの戦いも、本音は石油などのエネルギーを独占したいが為である事は、そこかしこに透けて見える。

歯科技工も、材料の殆どは化学製品であり、石油に依存している。 それ以外の物質も石油が無ければ商品にならないものばかりである。 将来的にエネルギーは太陽発電や原子力などの電力になるのであろうが、石油製品で無ければ出来ない事もたくさんあるだろう。

トヨタと言う企業が、原油が採掘できなくなっても存在しつづけるとは思うが、そのときには業態がまったく変わっていると言う事もありうる。 
ある人によれば、実際の採掘可能な埋蔵量はあと10年を切っているかも知れないそうだ。
トヨタ自身は残された時間を10年とは考えていないと私は思う。

自動車以上に代替エネルギーが難しそうなジェット機にはジャンボよりも大きなエアバスが就航すると言う。
10年後20年後の世界の空は、果たして今ほど混雑しているものなのだろうか。

天然ガスや原油の分捕りあいがこの先露骨になり、本当の戦争にも繋がるかもしれない。
日本は戦う前から負けていると思える。 

業界の生き残りや、自分の生活を後何年か守れたとしても、その先にはもっと大変なエネルギーや資源のデッドラインが控えているかもしれない。 

50にならんとして再就職の道を探ってみたが、技工士のスキルが生かせるような職業は中々無い。
むしろ物も資源も無くなってからの方が、技工士のスキルが生かせるような気もする。

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November 06, 2006

輪になるか?それともとんがるか?

11月になってもさぶいもんです。

ここに来ての受注状況は酷いもんで、日に3ケースもあれば良い方です。
正直喰えるわけ無いですよ。
年内はこんな調子で推移すると思います。 
歯科技工も医療の端くれだからと、がっついた営業をかけるより、いただける仕事を先ずは患者さんの為にとこなしてきたわけですが、お得意先の先生も患者さんが減るばかりだし、私の料金だと多分相場より割高だろうから(それにしても原価割れ、保険点数の5割6割ですけど)営業をかけようと思ったら、毎日何10軒も駆けずり回って料金も下げてそれでいて品質は今と変えずに維持せねばならないとしたら。

医療であり社会保障なのだから、利益や営業や過当競争は結局業界全体が疲弊するだけなのだけど、なぜにこうまで酷くなってしまうのか。

輪や和を信じていた私が馬鹿だったとも言えるけれど、決してそれだけではない社会の変化風の変化があったのだと思う。

以下、東京新聞11月6日特報面から抜粋

「加藤氏は北朝鮮問題での政府・自民党の強硬姿勢や、右翼勢力でさえ「自分たちには言えない」と嘆くほど過激なナショナリズムがオピニオン雑誌にあふれる現状に危惧(きぐ)を表明。実家の放火事件について「時の流れ、時の風が真犯人じゃないか」との見解を述べた。テレビで靖国参拝反対の論陣を張った学者が、何者かに「子どもの通学路を知っている」と脅され、出演できなくなったという話も紹介。「日本のナショナリズムが極端な方向に行くと、かなり用心しなければならない。私の仕事は今まで通りの発言を続けることだ」と語った。」

加藤氏とは元自民党幹事長の加藤紘一氏である。

ここで加藤氏が言う風とはどんなものであろうか?
元から日本にあるアンダーグラウンドに蠢く利権や権力なのであろうか。
それとも、日本の民意の流れなのだろうか。

一つはっきりとしているものがある。 所謂外圧と言うものである。
こればかりははっきりとしているし、圧力をかけてくる国の大使館HPにはわざわざ日本語に約した全文が隠すどころか当然の主張として乗っている。
そんなのは関係ないよと言い切れるだろうか。

昨日今日始まった事ではないのだ。 「拒否できない日本」によれば、始まったのはレーガン大統領の時代からだと言う。
政治とはこれだけの長期展望で読まなければならないのだとしても、外圧と言う風は、日本にあった輪や和というものを吹き飛ばしてしまった事だけは確かなようである。

日本が主権国家であることを放棄せねばならないのは何故なのか。

憲法の見直し論議も、核武装の話も、教育基本法の改正も、何も無い所から生まれた話ではない。
日本が主権国家として矜持を示す為になさねばならぬ事を行おうとしている故なのでろうか。
某国家の外圧と言う内政干渉やイニシアティブとどうどう主張する年次改革要望書。

日本がその要望を唯々諾々飲まねばならない根拠や弱みは何処にあるのか。
私はそれを問いたい。

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