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November 21, 2010

先を読んでいるのは小沢さんだけなのか。

アキカンすっからかん内閣の失言が止まらない。

尖閣のVTR流出もこんな内閣の為に命を掛けるに値しないという、日本人の思いだろう。

菅や仙谷や朝原もその地位に在るからSPとかに守られているが、そのSPだって海上保安庁の保安官と何も変わらないはずだ。

彼らも同じ日本人、菅や仙谷や朝原もその地位に在るのでなければ、最低な輩として守るに値しないと思っている事だろう。


仙谷や柳田の馬鹿げた失言を知れば、6月の小沢さんと菅との一騎打ち、要は、小沢さんならこんな馬鹿失言の輩は大臣どころか雑巾がけにも使ってもらえないと分かって居たから、そう言うアホな民主党議員達がこぞってアキカンに入れたってことだろうな。

今や、選挙区に帰って叩かれているのは、そんなアホ議員といっしょくたになってアキカン内閣を成立させたアホ民主党議員達なんだよな。

平野貞夫さんの一連のメルマガを、今からでも遅くない、読み返してほしいもんだ。
小沢さんはいつアキカンが破れかぶれになって解散を打ってもいいようにと、一年生議員達に伝えたそうだ。
中には日寄ったアホ一年も居るのだろうが、地元の支援者からも叩かれれば、小沢さんや平野さんが言っていた事の意味が身に染みるだろうよ。

この国、どこに行くかわからん。

人の絆も地域の絆もズタズタになってしまった。
金だけが唯一信じられるものになってしまったと言うのに、国内じゃ金なんか回って居ない。
みんな中国だどこだと出してしまったんだから当然だよ。

しばらく間が空いたけれど、平野さんの日本一新運動の原点-25と達増さんの主権者の代表達は形式主義のワナを破れるか をお届けします。

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◎「日本一新運動」の原点―25              
        
              日本一新の会・代表 平野 貞夫

○日本の病根は深くて危機的状況だ!

 10月22日(金)、東京高裁は小沢弁護団からの抗告を棄却
した。前日に抗告したものを、間髪を容れず翌日の正午過ぎに棄
却すると言うことは、まともに審理していないといえる。棄却の
理由は東京地裁と同様で、「行政訴訟に馴染まないので裁判で争
ってくれ」というものだ。
 東京地裁や高裁の法的判断に対する問題点は後で論じるとして、
小沢一郎という政治家が何故に、日本の旧体制に嫌われ政界から
排除されようとするのかを考えてみたい。そこに日本の病根の深
さがある。

(小沢一郎の政治信条)

 9月の代表選でも発言していたが、小沢氏は政治活動の原点を
「戦後民主主義の誤った内容を正したい」ということに置いてい
る。誤った民主主義では国民は不幸となり国家社会は滅亡してい
くので、しっかりとした真実の民主主義社会をつくりたい、とい
うことである。そこで小沢氏の政治信条を辿ると、日本の危機的
状況の中で如何に小沢氏の発想が大事であるかが理解できる。

 まず、昭和44年(1969)12月に衆議院選挙に初出馬し
たときの選挙公約を紹介する。「現代の社会は多種多様化した欲
望が生まれ、政治がこれに応えきれず、国民生活と遊離している。
このために政治不信が生まれ、社会的に大きな混乱が起きている。
さらに政治が無力化して官僚に政策決定を任せているため、生き
生きとした政治が行われていない。このままでは、日本の行く末
は暗澹たるものだ。こうした弊害をなくするため、まず官僚政治
を打破し、政策決定を政治家の手に取り戻さなくてはならない。
政治に新しい考えを取り入れ、浄化と刷新を行う」。
 この時期、わが国は高度経済成長の最盛期で、総選挙の3ヶ月
後には大阪万博が開かれている。小沢氏はこの時すでに高度に成
長した資本主義の矛盾に気がつき、政治が適切に機能せず官僚に
政策決定を任せていることに、日本の将来をきわめて危惧してい
る。要するに戦後の民主政治をきわめて憂慮しているのである。
そのために官僚政治を打破し、政治の浄化と刷新を行って、真の
民主政治の確立を宣言しているのである。

 小沢氏はその後、田中角栄氏の元で修行をすることになり、
「金竹小」(金丸・竹下・小沢)の金権政治の枠に入れられる。
小沢氏は「ロッキード事件」で刑事被告人となった田中元首相の
すべてを知り、わが国に真の民主政治を確立することを政治目的
とすることになる。
 小沢氏は平成元年(1989)8月、与党幹事長に就任すると
同時に政治改革に着手するが、突発した湾岸紛争への対応や、都
知事選挙の失敗で改革を実現することができなかった。
 その後『日本改造計画』を出版(平成5年5月)し、政治に臨
む基本構想を世に出した。これは英訳本も出てミリオンセラーと
なったが、その中に「民主主義は国民の自立から」という一文が
ある。要約すると、
「民主主義の前提は、国民が自分の価値観を持ち、自分の判断で
行動できる自立した個人であるということだ。この前提が日本人
に欠けたままであり、アメリカ式の『戦後民主主義』が導入され
ても、実際には民主政治が根付かないまま現在に至っている。戦
前の官僚組織が存続したなどの問題があるが、基本的には、国民
の側に民主主義を実現する条件が揃っていなかったからだ」とな
るが、この出版には私も少なからず関わったことから、そのコン
セプトは誰よりも承知している。

 真の民主主義の実現に政治生命を懸ける小沢氏は、自民党を離
党した後、さまざまな政治展開の主役として活躍する。発想も
「自立と共生」を新しい国づくりの理念とし、「公正な国・日本」
をつくるため「国民一人ひとりが自立し、国家としても自立する
ことを目指す」ことを政治理念としてきた。

(小沢氏が旧体制から排除される理由)

 小沢氏は日本人のあり方として「自立と責任、そして共生」を
提唱し、政治運営や基本政策など、国づくりの基本としてきた。
ところがわが国の旧体制の多数は、この小沢氏の政治信条を理解
しようとはしなかった。その理由は、日本人の政治文化が、建前
と本音を自分に都合よく使い分け、本音(個人的利害)を、理屈
でもって建前(倫理や論理)として正当化するものであった。
 建前の世界と本音の世界は、本来は峻別されるべきものである。
しかし、日本の社会では意図的に混同されている。その結果は矛
盾の発生による混乱である。わが国では戦後の高度経済成長によ
る豊かさがその矛盾を社会的に消化してきた。その方法が「談合
政治」や、「馴れ合い政治」として社会に君臨し、率直にいえば
国民の多くもそれを容認したし、また戦後の長期間にわたって続
いている米国に依存している安全保障も、日本人の馴れ合い、甘
えの社会心理を増長させている原因であった。
 この建前と本音のすり替えによる国家運営のノウハウは、官僚
の得意とするところである。もちろん日本の政治家も経営者も、
この官僚のノウハウの中で生きているのが実情である。新聞テレ
ビもこの馴れ合いの中で生きている化物であり、小沢氏の「日本
改造」の核心は、これを改革することであった。米ソ冷戦が終結
し、資本主義が変質して高度経済成長が期待できなくなった21
世紀の世界に生きるため、小沢氏の発想は日本にとって、どうし
ても必要な課題である。ところが、旧体制はこれを容認できず、
自分たちが既得権で生き延びるためには「小沢排除」にどうして
も拘るのである。

 現実にわが国で起こっている問題で、具体的に説明しておこう。
先般の尖閣列島中国漁船問題だが、「国民生活と外交への配慮」
を理由に、検察庁の那覇地検の判断で船長を保釈した。これをや
るなら内閣が「指揮権発動」によって決断すべきである。仙谷官
房長官らは検察の行為を法的に妥当と国会答弁した。本音と建前
のすり替え解釈であり憲法違反である。これでは国際的信用も失
う。菅内閣は民主政治の根幹である「自立と責任」を拒否してい
るといえる。

(違憲の強制起訴制度を放置してよいのか)

 10月26日付朝日新聞の『私の視点』に、元参議院法制局第
三部長の播磨益夫氏が、注目する意見を述べている。「検察審査
会の強制起訴議決は、起訴権限の乱用があっても内閣が憲法上の
行政責任を取り得ない、取りようのない行政無責任の法制度とい
える。三権分立の枠組みをはみ出し、違憲の疑いが濃厚だ」とし
ている。この問題は立法権をもつ国会の責任であり、国会でまず
議論すべきである。
 検察審査会に制度の不備があるとはいえ、国家行政組織法第8
条の3による行政委員会であることは間違いないことだ。それを
東京地裁は自己の都合で準司法機関と解釈して、小沢弁護団の行
政訴訟を却下した。高裁もそれを追認したわけだが、これこそ本
音と建前のレトリックで、裁判を受けるという権利を侵害したの
である。これも憲法違反といえる。

 一方、政治レベルで国会対策のため、小沢氏を政治倫理審査会
に呼ぶとか、証人喚問するといった筋違いの論議が行われている。
それをやるなら国会がつくった違憲法律と、違憲の解釈運用を、
国会の責任で正してからにすべきだ。国会でそういった議論が出
てこないことが残念だ。民主政治確立のためには、国政調査権に
限界はない。これが理解できないなら、国会議員の資格はない。
 何よりも責任があるのは、横路衆議院議長と西岡参議院議長で
ある。両議長は立派な見識をもった人物と思っていたが、期待は
ずれだ。

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◎主権者の代表達は形式主義のワナを破れるか

                 日本一新の会 達増 拓也
                      (岩手県知事)

 東京地裁、東京高裁と、小沢一郎氏の強制起訴停止の求めを斥
けている。裁判で争えるからよい、ということだが、それならば
厚生労働省の村木局長についても、裁判で争えたのだから根拠な
く起訴されたことに問題はなかった、という事になる。根拠なく
起訴され、裁判を強いられることが村木局長の場合も小沢氏の場
合も問題なのであって、「裁判で争えばよい」というのは形式主
義のお役所仕事である。
 この形式主義が、日本では意外に支持される。村木事件も、フ
ロッピディスクの改ざんというのは枝葉末節の話であり、政治家
(石井一氏)がらみのストーリーを作り、証拠もないのに供述を
でっち上げて、逮捕・起訴して裁判にかけたことが大問題なはず
だ。重大な人権侵害であると同時に、政府の局長級に因縁をつけ
て仕事をさせないようにしたという、検察組織による厚生労働省
に対する重大な業務妨害である。国家に対するテロのようなもの
である。そういう厳しい認識が、世論には、足りない。
 小沢氏の強制起訴も、実質的な根拠のない起訴によって、政権
交代に託された民意を実現する司令塔になるべき政治家の動きを
封じようとする、人権侵害であると同時に国家の根幹を揺るがす
暴挙である。そもそも去年と今年の小沢氏秘書・元秘書の逮捕・
起訴からして、根拠薄弱な「検察の暴走」であった。政権交代つ
ぶし、小沢首相つぶしの、政治に対するテロのようなものである。
 しかし、そのような実質の問題よりも、逮捕だ、起訴だ、とい
う手続き的な、形式の問題がクローズアップされ、「小沢けしか
らん」という論調になる。お上のお縄を頂戴するという形式を満
たせば、「ケガレ(穢れ・汚れ)」たイメージで見られてしまう
のだ。村木事件でも供述でっち上げよりフロッピ改ざんの方が邪
悪なイメージで見られているが、供述でっち上げは手続き的には
取り調べの形式を満たしているのに対し、フロッピ改ざんは文句
なく(手続き的にも)違法であるところが理由だろう。フロッピ
改ざんの方が愚かだが、供述でっち上げの方がよほど邪悪だと私
は思う。

 さて、問題なのは、二つの仮定を持ち込むが、第一に結局小沢
氏が強制起訴されることになってその手続きが開始され、第二に
菅内閣が行き詰って菅氏の首相退陣=党代表辞任となった時に、
民主党の議員たちは形式主義にとらわれず、実質で判断し、ちゃ
んと小沢氏を党代表=首相に選ぶことができるか、である。党代
表が任期の途中で辞める場合、臨時の両院議員総会において、国
会議員だけで新しい代表を選ぶのが民主党の基本ルールである。
日本の命運がそこで決まる。
 先の、二年に一度の正規の代表選で、党員・サポーター及び地
方議員の約4割と、国会議員の約5割が、小沢一郎氏が党代表=
首相になるべきだと投票し、小沢氏が次点になった。菅代表=首
相に何かあった場合に、小沢氏がそれに代わるのは理の当然であ
ろう。検察審査会の議決に基づく強制起訴という、実質的な根拠
のない起訴により、そのことが覆されるべきではない。
 しかし、民主党国会議員も形式主義に弱いところがある。そも
そも、先の代表選でも、「首相がころころ変わるのは良くない」
という究極とも言うべき形式主義が猛威を振るった。それが菅氏
の勝因だったといっても良い。日本の総理大臣を、そのような形
式的な理由で決めてよいのか。もっと、というか決定的に、実質
が問われなければならないのではないか。

 国会議員は全国民の代表であり、主権者の代表である。主権者
は、宰相を決める者である。戦前は天皇陛下が総理大臣を決めて
いた。今は、主権者の代表として、国会議員が総理大臣を決める
のである。
 誰に大命を下すべきか。今度こそ、形式主義のワナに陥らず、
実質で決めなければこの国は亡ぶ、という覚悟を持ってもらわね
ばならない。

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昨年は政権交代、小沢さんと空き缶の一騎打ちは今年の6月だった・・・訂正しました。

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