日本一新運動」の原点―52、53他一題
◎「日本一新運動」の原点―52日本一新の会・代表 平野 貞夫
(菅首相の退陣が最大の震災対策だ!)
「裏切られ騙されたとはいえ、菅政権成立の切っ掛けは私がつ
くった。今のままでは大災害や戦争が起こったら国政を統治でき
ない。これは私の責任だ。」2月7日(月)の夕刻、小沢一郎元
民主党代表が絞り出すように語ったことばを、私ははっきりと憶
えている。菅首相の官邸での様子や、民主党内の問題を原口一博
前総務大臣が説明して退室した直後で、いま思うと、東日本大震
災を予感していたようだった。
3月11日の東日本大震災発生以来、小沢氏は、故郷東北の惨
状への菅政権の対応を祈る気持ちで見ていた。「民主党党員権資
格停止」という、いわば「座敷牢」の中にいては与党議員として
何もできない。「小沢さんを大震災対策の中心に据えるべきだ。
この国が危急存亡にあるこの時こそ小沢さんに働いて貰わねばな
らぬ。小沢さんに直言できるのは平野さん、あなたしかいない。
何をしているのか」と、日本一新の会のみならず、あらゆる立場
の人たちから攻め立てられ、いたたまれない日々が続いていた。
在日韓国人からの違法献金問題で、風前の灯火となっていた菅
首相は、結果的に延命となった未曽有の大震災を「宿命」と発言
するなど、その精神状態は尋常ではない。天災である東日本大震
災と、人災ともいうべき福島第一原発災害というふたつの国難は、
「国家国民が非常事態下に置かれ、日々生命が毀損されている」
という認識に欠ける菅首相に対し、私は2回にわたって提言を行
ったがいずれも不調に終わった。1回目は、笹森清内閣府顧問を通じたもので『東日本大震災及
び福島第一原発問題に対する政治の取り組みについて』と題した。
そのポイントは、
1、まず、民主党代表経験者を招き政権与党の挙党体制をつくる。
2、その後、挙国体制をつくり、非常事態に対処するよう、野党
にひとしく働きかけること。
3、次に、超党派による「総合対策本部」を設置して、意思決定
機関を一本化する。
4、その他。
などの構想案を提言した。3月19日(土)に代表経験者を招
きはしたものの、報道で知る発言はおざなりで挙党体制は夢幻と
なった。
その後唐突にも電話で、谷垣禎一自民党総裁に震災担当相とし
ての入閣を要請したが即刻断られた。挙党・挙国体制構築とは手
間暇を要するものの、相手に対する礼節と手順は要諦であり、こ
こを端折ったらまとまるものも纏まらない。そんなことから「菅
首相は政治音痴」と嘲笑される始末だった。
2回目は、このままでは国家も国民も漂流しかねないとの思い
で、亀井静香国民新党代表と、村上正邦元参議院議員に相談して
菅首相に提言したのが『非常事態対策院』の設置であった。これ
は、国会決議により、非常事態に対処するため挙国体制をつくる
ことを目的とし、各党・政府・各界を代表する強者を結集して、
緊急対策や復興の基本方針・政策の立案及び実施を、菅政権に提
言し実行せしめることであった。この構想は中曽根元首相の理解
も得て、菅首相を説得すべく仙谷由人官房副長官が尽力したが実
現するに至らなかった。菅首相が応じなかった理由は二つある。
ひとつは、一区切りつけば退陣の可能性があり、二つ目は、この
構想に応じれば増税で賄えない災害復興費が必要となり、それは
財務官僚の意図に背くことをことを恐れたからである。要するに、
この非常事態に財政再建に見通しをつけるまでは辞めたくないと
いうことだ。さて、大震災発生後50日近くになり、菅政権はどんな災害対
策を行ったのか。23日(土)と24日(日)の両日に行ったサ
ンケイグループの世論調査によると、菅首相に対して、79・7
%が震災・原発対応で指導力を発揮していないと答え、評価した
のは13・4%である。初期の救命活動やその後の被災者支援、
被災地復興などが後手に回ったことを国民は見透かしているのだ。
加えて、放射能漏れ事故に対する菅政権への、国際社会の批判と
不信は高まる一方である。
20を超える「対策本部」を設置し、構想能力に疑問のある曲
学阿世の学者をかき集め、会議を開くことが最高の災害対策と確
信している菅政権を、国会はいつまで放置しておくのか。
4月10日と24日行われた統一地方選挙は、事前の予想通り
民主党の惨敗で終わったが、これは与党執行部の大罪である。手
足をもがれたも同然のこれからの国政選挙で、民主党は勝利する
ことが可能だろうか。民主党という名で政治ができる状態でない
ことを、党所属の国会議員は自覚しているのだろうか。
いま、日本国の政治でもっとも必要なことは、大震災被災者の
救援であり、福島第一原発の放射能対策である。それをもっとも
妨げているのは菅首相自身であり、一刻もはやい退陣が必要であ
る。菅首相を退陣させることが大震災対策を効果あらしめる最大
の政治課題といえる。
◎「日本一新運動」の原点―53
日本一新の会・代表 平野 貞夫
○大震災の非常事態と政治の異常事態は終わっていない!
3月11日(金)の東日本大震災発生から49日が過ぎ、被災
各地で法要が行われている。数万人の人々の生命を失い、仮設住
宅の建設が業界の圧力で著しく遅れ、10数万人の人たちが避難
所での生活を続けている。また、復旧の見通しどころか、生きて
いく見通しがつかない人々の数も数10万人に及んでいる。避難
所では病身のお年寄りが次々と死亡している。
一方、福島第一原発の人災は、政府の情報隠蔽により世界中の
不安は増大するばかりだ。菅首相は28日(木)の衆議院本会議
で「原発事故検証委員会」を設置することを明らかにした。これ
は菅政権の事故対応の問題の実態、初動対応の失敗など、菅首相
の判断ミスを隠蔽しようとするとんでもない謀略であることを国
民は知るべきだ。
原発事故発生時点に現場にいた東電関係者の情報によれば、菅
政権の「レベル7」の発表の唐突さに対して、「4号機の千数百
本の燃料露出による水蒸気爆発などの可能性を先取りした、レベ
ル7の発表と思います」ということである。原発事故現場のその
後の状況をみるに、この情報が確かである可能性が高まっている。
29日(金)には、小佐古敏荘内閣官房参与(東京大大学院教
授)が記者会見し、福島第1原発事故への政府の取り組みに関し、
「その場限りの対応で事態の収束を遅らせた」と激しく批判して
辞任するなど、菅政権は責任回避のため情報操作を行っていると
いえる。
これだけではない。原発人災に伴う避難区域・警戒区域などに
対する政府の方針の混乱、被災者に対する救援や補償などが住民
中心に行われていなくて、相当の不満が出ている状況だ。それに
福島第1原発風評被害は、福島県や周辺地域の農業・漁業だけで
なく、日本中の経済に大きな影響を与えている。しかも、風評被
害の根源は、菅首相や政権内部からの不用意で軽率な発言にある。
私の言いたいことは、大震災や原発事故の非常事態は続いてい
るにもかかわらず、菅首相の常識を破る暴言が国会でも続いてい
る。それを与野党の国会議員が、反論できないどころか押し切ら
れている現状がなんとしても異常である。この政治の異常事態を
改善しなければ、真の国民のための震災対策はできない。(菅首相の狙いは大震災対策より増税にあり)
大震災が発生しなければ、菅氏の首相としての地位は3月一杯
で終わっていたのだ。在日韓国人の違法献金問題があったからだ。
この問題はこれからも責任が追及されることになる。真っ当な政
治家なら「応急な対策を終えれば辞めるので、新しい救国政権で
対応されたい」という、大局的な判断をするはずである。
菅首相には、この大震災が国難的非常事態という認識がないど
ころか、原発事故を、政界では自分が最大の知識の持ち主と過信
し、初動対応を誤って人災としてしまった。そして大震災すべて
の対応に、不必要な組織を積み上げるという、非常時にやっては
ならないことを行い、震災対策を致命的に遅らせた。それでも日
時が経つにつれ、復旧・復興費が巨額になることを見込んで、消
費税や復興税など、増税を財源とすることを公言するに至ってい
る。それどころか「災害復興をなしとげ、税と社会保障の一体的
改革に見通しをつける」と、国会答弁で開き直っている。
多くの国会議員が、この菅首相の狂言的暴言に、まともに反論
できないのは何たることだろう。菅首相も駄目だが、国会もそれ
以上に劣化した日本政治の異常さを露呈している。小沢一郎氏が
身命をなげうって「こういう劣化した政治を変えなければ、この
時代に生きた政治家として恥ずかしい。このままでは末代批判さ
れる」という決意を語っても、これを理解する国会議員は多数と
ならない。小沢氏の発言は地位や権勢欲を投げうった心境である。
国難といわれる大震災の復旧も見通しが立たず、まして復興構
想も思いつきのものしか政府が持たない段階で、財源に増税、し
かも消費税の大増税を行い、復興に見通しがつけば社会保障のた
め恒久的なものにする、というのが菅首相のねらいだ。こんな発
想で大震災対策が出来るはずがない。まして、有史初の原発人災
を抱えて、財源を増税とする震災対策なら政治は要らない。
国難の大震災への対応にもっとも必要なことは全国民の協力で
ある。菅首相が自身の延命に大震災を利用とする限り、その地位
に存在してはならない。このことを与野党の国会議員は肝に銘ず
るべきだ。まずは各界の有識者の智恵を出し合って、増税でない
財源の捻出を考えるべきである。国の埋蔵金、民間の埋蔵金や当
面財政に影響を与えない調整金、建設国債など、五十兆円ぐらい
の財源が捻出できないはずはない。
4月28日(金)、三宅雪子衆議院議員から電話があり、私が
かねてから「メルマガ・日本一新」などで主張してきた「民間の
埋蔵金」、すなわち金融機関に眠る「休眠口座」の活用について
質問があった。
私の構想を支援してくれている中北徹東洋大学経済学部教授と、
エコノミストの浪川氏を紹介しておいた。ようやく政治家が取り
上げるようになった。制度上どのような整備が必要か、どれだけ
の財源となるか、英国の例が参考となる。
(社会保障の整備と税制改革)社会保障の整備は確かに必要だし、税制改革もこのままでは立
ち行かなくなる。しかし、消費税を社会保障目的税にするという
時代ではなくなっていることを知るべきだ。菅政権が目論んでい
る8%にアップしても5年もたないだろう。消費税制度を導入し
た時の先人たちの苦労を学ぶべきだ。私は当時、衆議院事務局で
政治の裏方にいた。先人の政治家たちがどんな苦労をしたか。
『消費税の攻防』(千倉書房)で、私の秘蔵日記を公開する準備
をしている。
平成20年代の変化した情報資本主義社会では、税で社会保障
を賄うという政策は行き詰まっている。社会保障で安心・安定の
生活のため、分担金という発想で国民的合意を得る努力をするべ
きだ。日本の「税」は、お上から召し上げられるという文化で成
り立っている。
「絆」も「共生」も互いに助け合うという共助思想をもとにし
ている。誰がどういう条件で分担していけばよいのか。新しい社
会の在り方の基本として議論すべきであり、決して権力欲を満足
させるためのものであってはならない。
◎ 東北の復興を考える
―「藩札」を利用し経済の「かたち」を変える―日本一新の会 元田 厚生
(札幌大学大学院教授)
ここでは財政については触れない。政府が考えている、増税と
抱き合わせの国債の発行など論評に値しないからである。消費税
でさえゼロにできるのだから何をかいわんやである(菊池英博
『消費税は0%にできる』参照)。また、東電がコストカットの
ため耐震設計を低く見積もったこと起因する、原発震災について
も触れない(武田邦彦HP他参照)。必要な対策は放射能拡散の
防止と汚染された地域の除染とであるが、それらについては信頼
できる専門家がネットで意見を開陳している。何よりも東北の復興はその歴史、つまり東北地方固有の自然と、
それと向き合い共生してきた住民とが織りなしてきた歴史の延長
線上に考えるべきである。そのことを前提にした上で、現在の日
本とその構成要素である諸地域とが抱える問題から東北地方の復
興について考え、地域の住民と地域の自治体との協力・協働によ
って可能な政策2点について参考に供したいと思う。(「経済のかたち」を変える)
復興に際し考えて貰いたいことはこれまでの「経済のかたち」
を変え、外部依存タイプの地域経済を内部循環タイプに変えるこ
とである。
人類がその誕生地南アフリカから世界に移動し拡散したのは、
より豊かな生活の実現を求めてである。そして適切と思われる場
所に定住したわけだが、その選択基準はその場所の自然に依存し
て生活を営むことができるか否か、つまり、生活に必要な大多数
のモノをその場所で入手できるか否かであった。
環境論者は誤解しているが自然は単なる環境ではない。人類は
自然素材の一部を消費することで初めて生存できるのであるから、
自然は人類の生存条件そのものである。野生のリンゴを収穫する
時、木を切り倒してしまえば次年度以降の生産はできないから、
人類は自然を消費しながらも自然が再生産できるように気遣いな
がら、自然の営み(物質循環)に合わせて生活してきた。
それゆえ定住生活が可能になるとは、その地域における自然と
人間の営みが循環可能であることを意味する。これが地域循環タ
イプの経済であり人類に本来的な「経済のかたち」である。
しかし狭い場所だけで自給自足することは簡単ではないから、
具体的には、少し広い地域におけるネットワークを通じて、たと
えば海の物を山の物と交換して生活を営んできた。それゆえ人類
の本来的な「経済のかたち」とは自然との関係でみれば地域内循
環タイプであり人間相互の交換と補完に視点をおけば地域内ネッ
トワーク経済と表現できる。
それが人類に本来的な「経済のかたち」であることは、その
「かたち」が世界の各地で自然発生的にできたことが示している。
世界で最初の国際貿易が奢侈品を中心とするものであったことは
記憶に留めて欲しい。つまり、生活必需品は地域ネットワークを
通じて入手できるのだから輸入に頼ることはあり得ないことであ
る。ある地域が生活必需品を輸入しなければならなくなるのは、
植民地支配によって内部循環タイプが外部依存タイプに作り変え
られた結果である。
現在のセネガルでは棉花の輸出が経済の生命線になっているの
は、主食である米を海外から買う代金を入手するためである。輸
入した米を主食とする「習慣」は植民地時代に宗主国フランスに
よって押しつけられたもので、仏領ヴェトナムの米を無理矢理買
わされたのである。
遠く離れたヴェトナムの米を当てにしてセネガルに人が定住す
るわけがないことを考えれば、この「経済のかたち」が人類に本
来のものでないことは自明である。食糧を外部に依存する経済は
まさに国民が自立できない経済、植民地タイプの経済である。先
進国はおしなべて100%前後の食糧自給率を達成している。食
糧の安全保障という点からみても国民経済の自立という点からみ
ても当然のことで、食糧自給率が4割未満の日本は残念ながら自
立した国民経済とはいえない。
日本はセネガルとは国力が違うとはいえ、輸出大企業を経済の
中心に据える限り、原材料と食糧とエネルギーを外部に依存する
経済に変わりはなく、このタイプはモノが極端に欠乏した戦後の
焼け野原経済か植民地経済にしか該当しない。
しかし他方で、日本は戦後の焼け野原(モノ不足状態)から先
人たちの血のにじむ努力によってモノがあふれる段階にまで到達
したが、いまやモノ中心の経済は機能不全におちいっている。な
ぜなら、一方では自動車や家電製品などのモノはこれ以上国内で
売ることはできないし、他方で国民は有り余るモノに窒息し少し
も豊かさを実感できないでいるからである。つまり、日本経済は
モノから多様な価値を引き出すことのできる享受能力を錬磨すべ
き、成熟した段階に移行したのである。
この点は拙著に譲るが、これまでの日本経済がモノ中心であり
しかも外部依存タイプであることから、東北地方の復興の方向性
が明らかになる。外部依存タイプの地域経済を地域内部で循環す
るタイプに近づけることである。
例として、それまで紙パルプの輸入に依存していたイギリスが
紙の生産を地域循環タイプに変えたことがある。イギリスはそれ
まで紙パルプをアフリカなどから輸入してきたが、その輸送が多
くのエネルギーを消費することから紙の国内生産を志向し、国内
産の麦わらと麻そして古紙を使って生産するようにした。
しかも麦わらという嵩張るモノの国内輸送でさえもエネルギー
多消費であることから、生産拠点をいくつかの地域に分散するこ
とにした。その結果、麦わらや麻の生産、古紙の回収、それらを
使った製紙、それらをネットワーク的に結ぶ短距離輸送などが可
能になり、紙生産の地域内循環システムができあがったのである。
ここで重要なもう一つの変化は、国内一円をカバーする大規模
生産ではなく地域に分散した小規模生産の実現である。それを技
術的に可能にしたのがそれまでの大型生産装置に変わる小型生産
装置(ミニミル)であり、これこそシューマッハーが推奨した
「中間技術」そのものである。彼が大型生産装置に反対した理由
の一つはそれが自然浪費型であること、つまり、大量消費と大量
廃棄とを前提とする大型生産装置は自然を不必要に浪費すること
であり、もう一つはそれが雇用削減型であることである。地域内
部の人々のネットワークを可能にする小規模生産こそ地域内の雇
用を最大限に保証するものだからである。
それゆえプーラン・デサイは「中間技術」を「地方分権を可能
にする技術」とも表現する。経済が中央集権タイプ(少数大企業
支配)である限り、地方は自立できず地方分権は名目の域を出な
い。地方分権は税収の権限移譲だけでは実現できないからである。
これは太陽光発電の必要性にも通じるものである。
日本はドイツに抜かれるまで太陽光パネルの生産で世界一であ
ったが、いまでは、固定価格での買い取りを20年にしたドイツ
に抜かれてしまった。日本政府(通産省)の失敗、というよりも
電力会社の既得権擁護の所為である。
エネルギー問題には2つの側面がありその一つが再生可能エネ
ルギーへの転換である。人類は自然界の物質循環に依存しなけれ
ば生存できない以上、自然が再生産できないような石炭・石油・
天然ガス・ウランなどをエネルギー源とすることは間違いで、自
然が再生産できる太陽光や風力などにエネルギー源を求めること
は当然のことである。
エネルギー問題の二つめの側面は、個人を自立させ地域を自立
させ国民経済を自立させるエネルギー政策か否かである。これは
ドイツで太陽光発電を推進した中心人物であるヘルマン・シェー
ア(社会民主党国会議員)の言葉である。
アラブ首長国連邦では島一つを使って巨大な太陽光発電システ
ムを開発中である。しかし巨大な発電システムではこれまでの電
力会社による独占と変わりはない。個人はエネルギーに依存する
状態を強いられる。人類の共有財産である太陽光を個々人が利用
して発電エネルギーに変換させる政策こそ、新しいエネルギー政
策である。
ドイツの全電力量はドイツの建物の屋根10%に太陽光パネル
を敷くだけでまかなうことができるし、屋根用の太陽光シートも
すでに開発されている。ここには巨大な市場が待っている。エネ
ルギー技術革命は中小メーカーに太陽光発電に参入する道を開く。
既設の建物の屋根に太陽光パネルやシートを敷設するだけでも多
くの雇用を産むのである。
つまり、大企業への中央集権タイプの経済が日本を外部依存タ
イプの経済に変質させたことを踏まえ、「分散」と「自立」を合
い言葉に東北の復興を進めて欲しいと願っている。(震災ニューディールと藩札発行)
民間研究所の試算によれば、東北3県でこれからの6年間に喪
失する雇用は、農林漁業を除いても6万人に達する。「経済のか
たち」を変えることが中期的な目標とすれば雇用創出は緊急の課
題であり、本来であれば政府主導による「震災ニューディール」
が必要である。だがそれを期待できない現状では、地方自治体政
府が「藩札(地域通貨)」を発行してミニ版の「震災ニューディ
ール」を行ってはどうだろうか。
地域通貨の成功例として必ず紹介されるのがヴエルグル(オー
ストリア)での実験で、この町が1929年の世界恐慌の影響を
受け不況に喘いでいた時、町長は町予算を銀行に預けそれを担保
にしてヴエルグルだけで適用する地域通貨を発行し、それを町の
失業対策事業の雇用者に賃金として与えた。工夫はその地域過貨
をデマレージの一種として考案し、地域通貨を受け取った人がそ
れを翌月に使う場合、額面金額の1%に相当するスタンプ券を購
入して地域通貨に貼付しなければ使用できないようにしたことで
ある。
このいわゆるマイナス利子の支払を避けるため、地域通貨を受
け収った人はできるだけ早くそれを使った結果、その地域通貨は
国民通貨オーストリア・シリングの12~14倍の速度で流通し、
それに対応する有効需要を創出し、ヴェルグルはオーストリア初
の完全雇用を達成したのである。
これを伝え聞いた他の町もそれにならい1933年6月までに
200以上の都市が地域通貨を採用したが、同年11月には政府
と中央銀行が彼らの錬金術(信用創造)を否定する地域通貨を禁
止した。その結果、ヴェルグルは再び失業率30%の町に逆戻り
し、それがヒットラーを救世主として待望する背景の一つとなっ
たといわれている。
このように雇用問題を解決するため、東北地方政府がヴェルグ
ルにならって藩札(地域通貨)を発行するという方策は検討に値
するだろう。たとえば、1兆円を現金準備にして数倍の藩札を発
行し震災ニューデールの資金とすることである。
その場合の留意点の第一は、藩札の流通範囲を県庁だけでなく
各自治体が協力して拡大することである。現在の日本にも多数の
地域通貨が存在するが国民通貨(円)を補完するような存在には
なっていない理由は、その地域通貨で買い物できる店が限られて
いるからである。藩札の流通範囲を拡大するためには、地域通貨
を受け取る人と店のネットワークを作り出す必要がある。
この点は先に述べた地域ネットワーク型の経済と重なる。これ
までのように遠距離の市場向けに生産し輸送し販売する外部依存
タイプの経済では、藩札の流通は限られる。なぜなら他県の業者
が受け取ることを期待できないからである。したがって、藩札の
流通範囲の拡大は一方では経済を内部循環タイプに変えながら、
他方では地元産品の優先的購買運動「バイ地元産」と並行して進
める必要がある。
もちろん買い物の全額を藩札で支払うことを強いることはでき
ず円との共用になる。しかし、藩札で支払った割合に応じて支払
い額を値引きするなどというアイデア、地域の実情に合わせた仕
組みが必要である。その場合、値引きで誘導するのではなく、地
域の復興のために面倒でも藩札を受け取りそして使うという精神
こそ重要である。
藩札の導入はまず県庁と市町村役場が音頭をとることになるが、
震災復興を合い言葉にしたヒューマン・チェーンを作り上げるこ
とを最優先すべきであろう。その鎖の輪は「地元産品の購買によ
って地域の生活と雇用を守る」というメッセージと共に広がるの
である。フェース・トゥ・フェースの人間関係の広がりこそ、無
機質で匿名の市場経済を変えるファクターで、藩札導入にはもっ
と沢山の問題が介在しているがそれを乗り越えるプロセスこそ人
間関係の輪を作り上げる契機ともなる訳だから、部外者の言及は
ここまでにしたいと思う。
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