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July 12, 2014

あるべき歯科技工士の姿。しかし、それをぶっ壊したのもまた日技。

 

 


歯科技工士会の歴史というものは、歯科技工士という職業の認知と立場を認めさせる歴史であったのかもしれない。

そのことに真剣に取り組んでいたのは、酒井会長の時代までだったのじゃないだろうか。

久しぶりに「7対3大臣告示」と言う言葉を、聞いたような気がする。
日技酒井会長が日本の技工業界団体として健康保険制度内の位置づけを求め、佐野が政治家と手を打ち会員に夢だけ見させ、中西が自ら政治家を望み会員を操り、古橋が完全に忘却させた「7対3大臣告示」と言う言葉を、今の若い歯科技工士達は知らない。

加藤さんのブログからである。

記事の続きはクリックしてね。

日技は今度、「総合政策審議会」(略称「総合審」)なるものを立ち上げるそうだが、その審議のベースになるものが、実は、佐野や中西の時代から取り組んでいた有識者懇談会の出したという提言なのだというから、なんだかもう最初から出てくる結論が見えているような話だ。

日技発足時から、日技と言う組織や個々の歯科技工士が求めてきたのが、国家資格の確立であり、それはただの肩書という意味ではなく、歯科医療の一翼を歯科医師とともに担いたい支えたい、その上で働きに見合う報酬を受け取りたいと言うものだったはずだ。

先人たちの努力のかいもあって、歯科技工士法は昭和30年に発布され、今や立派な法律として存在する。
そして、歯科技工士の教育や資格そのものも、短大化が実現したり、最初は県知事免許、後には大臣免許にとなっている。

それは、日技や先輩諸兄の功績だろうと思う。

しかし、その一方で、何時までたっても解決も改善もされてこなかったのが、歯科技工士という資格の位置づけであり、それに伴う経済的な裏打ちである。

日技がよくあるように政治連盟を作ったのも、政治的なお付き合いをと言う意味より、実現の難しい現実的な問題を処理するにあたって、政治力や活動が必要だと判断したのだろう。

こういう問題は、歯科技工士や日技がいくら叫んでも、例えば皆保険制度での歯科医療における歯科技工士の位置づけ一つをとっても、その話の持って行き先は、単純に国に国民に訴えればいいというものではなく、国や厚生省や中医協、保険者被保険者、そして何よりの対象である日本歯科医師会の同意がなければ実現しないものだと思う。

これだけの相手に対して、日技はどのような戦略を持って事に当たってきたのだろうか?

実はそれが、一番の問題点なのじゃないかと思う。

日技巻頭言にある

「社会が歯科技工士に期待するもの」、「あるべき歯科技工士像」

皮肉なことだが、これなんか日技が結成時から言い続けてきたこと、実現させようとしてきたことに他ならないのじゃ無いかと思う。

それが今になっても出てくると言うことは、つまり、日技からして歯科技工士の立場の確立や社会的な権限の確保など何一つできていないと認めているようなものだ。

有識者懇談会から総合政策審議会が出来るまでに、20年近くの年月が経過しているのだが、その間、日技は何をやっていたのかや、そもそも、始めた時点で長期展望や戦略的な考えや行動がなされてきたのかが、問われないままなのがおかしいのである。

佐野が政治家と手を打ち会員に夢だけ見させたり、

中西が自ら政治家を望み会員を操り、古橋が完全に忘却させた「7対3大臣告示」と言う言葉を、今の若い歯科技工士達は知らない。

のも、日技のそのとき時の指導部に、戦略的な思考など無かったことが理由なのだと思う。

歯科技工士の位置づけや、歯科技工料金問題を考える上で、日技は日本歯科医師会や歯科医師達がどういう考えで物事を捉え、反応し、行動するのかを考えたことがあったのだろうか。

多少は考えたのかもしれないが、深く考えたのかは疑問である。
歯科技工士の弱い立場を訴え、且つ、実際の歯科技工士が担っている補綴物の製作という行為の事実を世間に知らしめれば、正義は我にありと思ったのかも知れない。

それに、佐野が国会に参考人として招致されたのも、元はと言えば歯科医師会や歯科医師たちの行ってきた青天井の歯科医療費徴収や差額徴収が、消費者問題となって国民の批判を浴びたからであって、歯科技工士の立場や収入が問題になったからではなかった。

言ってみれば歯科医師会の敵失、自殺点だったのである。

その頃の世間の社会の目は、歯科医師があれだけ金を取っているのだから、作っているのが歯科技工士だというのなら、儲かっているのでしょと言う程度だったと思う。

実際のところ、昭和50年代の終わり頃にしても、床屋さんでの会話で歯科技工士だとでも言おうものなら、「儲かっているんでしょ」と言われたものだ。

そんな状態で、単純に歯科医師会や歯科医師の行為を言ってみたところで、患者さんには歯科医師と歯科技工士の区別もつかなかったというのが現実ではなかったのか。

これまで散々日歯や歯科医師たちを叩いてきたG3が言っても説得力は無いことを承知で言わせてもらうが、日技の取った行為は、戦略的に見れば、議員や世間を味方にできるのだと思ったのかもしれないが、それは、敵を甘く見たということであろう。

大臣告示で起きたことは、日歯による見事なまでのちゃぶ台返しだったわけだし、池に落ちた犬を叩いたつもりが、気がついたら蹴落とされていたのは自分たちだったというのが現実だったのであろう。

さて、ちゃぶ台返しを食らった佐野は、日技内部の権力争いで中西に追い落とされた。
日歯や橋龍の権力に屈したことを中西に責めらたのであろうか。

ならば、中西は歯科技工士の立場を確立しようと立ち上がってきたのであろうか。

もしそうなら、過大評価だということだ。

中西は和田が送り込んだのだろうし、有識者懇談会などの提言を受けても、歯科技工士のあるべき姿を実現しようとしたのだとは到底思えない。

中西が行ったことは、単に勝算もないまま、後先考えずに国会議員になりたいと願望したということなんだろう。

普通に考えれば、歯科技工士が一人、国会議員になった所で、歯科技工士の立場や制度が動かせるわけがないのである。

もしもそんなことが出来るというのなら、国会議員に常に数人を送り込んでいる日本歯科医師会が、歯科医療行政や歯科医療費を好き放題に出来ていたはずである。

現実には、数人の国会議員を送り込んだ所で、日歯は体の良い財布として利用されただけで、飴にありつくどころか徹底的に叩かれたというのが事実である。

そんな政治の世界に、中西は何を夢想して乗り込もうとしたのか。
まさか、今話題の野々村兵庫県議員みたいになりたかったわけじゃないよね。

結局のところ、有識者懇談会に提言を出してもらう、技工士の言いたいことを代弁してもらったにしても、それを生かすとか言う前に、中西が暴走してしまったというのが事実ではなかったのかな。

と言うことは、酒井会長の後は、佐野、中西と二代続けて戦略無きリーダーを頭に持ったということになる。

これが、最悪の選択肢であったことは、会員数の推移を見れば一目瞭然だと思う。

中西の次を受けた古橋の任務はどういうことだったのだろう。

加藤さんは言う。

「古橋の役目は忘却させること」だと。

佐野と中西の時代。
結局何もなされなかったという現実。
日技の思惑の無さ、戦略もなく、自分をただ大きく見せるだけで権利や権力を行使できる側になれると勘違いした組織の姿を、如何にして社会の記憶から消そうというのか。

その二代の総括もなしに、コリもせず有識者や審議会の口を通して、これまでのように歯科技工士のあるべき姿などと繰り返すことの滑稽さを、世間の人の目から消す事こそが先決ではないのかなあ。

ならば私は、妄想だと言われようとも、ブログに残そうではないか。

G3久保田

追記だが、中西の参議院議員への立候補は、歯科技工士も歯科医療に貢献したいという建前のつもりなのだろうが、果たしてそんな考えが通用したのだろうか。
百歩譲って、歯科技工士の位置づけや弱い立場からの打破だと訴えたとしても、それを言うことは実質的には、歯科医師だけに許されている権限を、歯科技工士にも与えよと言うことにほかならない。

歯科技工士の立場からすれば、言ってほしいこと、言って当然の権利だと快哉を叫びたいところだろうが、歯科医師会側からすれば、自らの権限や権利を奪われるということなのだから、もしもそれをするなら、先ずは歯科医師会側と何らかの話し合い、同意を得ていなければあまりにもリスクが大きいことなのである。

ここで、日歯や歯科医師会というものの思考原理、行動原理というものを考えておこう。
それは、拭い切れない日医や医師と言う存在へのコンプレックスである。

それは、歯科技工士の私が歯科医師へ抱くコンプレックスと同等かそれよりももっと激しく根深いものであろう。

それがどんなものであるかといえば、よく言われるのが中医協での歯科医師会側の代表者の存在である。
売文家さんの記事などでよく見かけるが、中医協の場に出席しても、全くと言っていいくらい発言も自己主張もしない歯科医師会代表者の姿である。

本来ならその場でこそ、歯科業界側の主張を展開して欲しいところであるが、歯科技工士会側の要望など取り上げてくれるはずもなく、それを言ったら自分たちの利益や権限が奪われると思っているだけだから、歯科技工士に希望など無いわけであるが、なぜそこで何も言えないのかといえば、歯科医師会側にある引け目であり、医師会に対する引け目なんじゃないかと思う。

G3などは、これまでにも歯科医師たちとは散々やりあってきたが、しかしどんなに理屈で攻めた所で、歯科医師側に「だったら歯医者になればいい」と言われたら、もうそれ以上何も言う気になれないのである。
そんな時、一番親身になって肩を持ってくれるのも歯医者さんなのであるが。

そして、親身になって肩を持ってくれる歯医者さんたちも、歯科医師の立場を分かっているからこその行為なのである。

中西は、そんな複雑な日歯の心理、歯科医師たちの心理を理解した上で立候補したのだろうか?
立候補にあたっての根回しや同意、共感を、協力体制を構築したのであろうか。

歯科技工士の立場で立候補するというのなら、歯科医師会との共闘という立場を打ち出しておくことが一番だと思うが、どうだったのだろうか。

実は、中西立候補で最悪だと思うのは、歯科医師会側の理解や協力を取ってあったかということではない。
「21世紀の医療と福祉を支える会」を立ち上げた事が、私には最悪の行為と映るのである。

そもそも歯科医療については、医師会側からすれば医療とは違うという思いもある。
そしてそのことが、歯科医師側には引け目にも繋がっているのである。
そんな背景がありながら、歯科医師会からも認知も協力も得られていないような歯科技工士の候補者が、医療だ福祉だと冠して打って出たのみならず、医療側の専門職域にまで手を回して、共闘しましょう、一緒に我々の立場を訴えましょうとやったわけである。

一体これは、日医や医師の立場から見たら、どのように映るのか考えてみて欲しい。

歯科医師会をすっ飛ばして、歯科技工士が日医に喧嘩を売ってきたと思うのではないか。

表向き、大人の態度で良いことだ、協力しましょうとか言われたとしても、実際のところ日医の会長などはどう思うのだろう。

受話器をとって日歯の会長を呼び出し、「一体どういうことだ?」と問い合わせることくらいやっていてもおかしくない。

今も日技政治連盟の広報誌を読みながら書いているが、政治連盟の総会でも歯科医師会側の協力が得られているのかとの質問がなされているのだ。

「歯科医師会には当然ながら協力要請を行う立場にはない」

そう、返答がなされているのである。

日歯側が、我々は協力などしていないと言ったとしても、日医からすればそれで納得できるようなことではないだろう。

私の単なる妄想だと言うのはたやすい。

しかし、中西の立候補や支える会をたち上げた事は、根底では、歯科医師会だけではなく医師会をも敵に回したかもしれないということである。

このことは、歯科技工士が今後、医療どころか歯科医療を語ることすら敵意を持って見られるかもしれないということだ。

どんなに困難であっても、先ずは歯科業界内のコンセンサスを得ることが先決であったと思う。
そして次にするべきことは、歯科業界が歯科衛生士会も含めて三位一体となって医師会とも共闘できるように持っていくべきだったのだと思うのだが。

しかし、そのすべてをぶち壊したのが、歯科技工士だったということを、悲しく理解するしか無いのかもしれない。




メディアプランナー養成講座(全国マスコミコース)

最後に、G3のプラモデルギャラリー。 3Dプリンターで自作パーツを作って、プラモデルのディテールアップをするのが夢。

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