阪神大震災の際に、歯科医師として巡回歯科診療に当たられた、岡山大学 小児歯科の岡崎先生から、被災時の様々な経験からくるお話を頂戴しました。
是非一読ください。 何かのお役にたてるかと思います。
筆者は,阪神・淡路大震災時に大学から巡回歯科診療のため現地に行き,その後も足を運び,震災直後の活動状況について数々の歯科医療関係者の経験や対応を聞いて廻った.
なにぶんマニュアルなど,始めてのことであるわけでもないので筆者自身の経験と反省点をふまえ,数々の意見を聞きながら,どの様にアプローチをすれば,現地でより有機的な歯科支援活動ができたかについて考えてきた.
今回,阪神・淡路大震災における筆者や多くの歯科医療関係者の経験や反省点をまとめることが,事前対策や復興へのステップとしての足掛かりになると考える.
>1. 災害地の情報の入手
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復興に向かっての最初のステップは,現地の情報を入手することである. まず,被災地の保健所や保健センター等に常勤歯科関係者の存在の有無を調べる.
現地に歯科関係者がいれば,窓口となり情報が得やすい.
神戸市では各区に常勤歯科衛生士が配属されていた.歯科関係者の存在は,歯科的支援のためには極めて重要である.行政や歯科医師会との連絡もスムーズにとれ有機的に活動できる.
例えば,巡回歯科診療時等では,避難場所や日程などをコーディネイトすることが可能である.また某区では,再開されている歯科医院の地図を作製していたため,
近医にすみやかに受診を勧めることが可能であった. 避難者の間では,情報が乏しかったのでたいへん役にたった.
このような事前情報のおかげで,細かい器材を使用することもなく,また患者との無用なトラブルを回避することができた. 現在は,インターネットや携帯メールなどの通信技術の発達に伴い,より効率的に情報が入手できると想像される.
ちなみに厚生労働省の健康政策局からは,行政における歯科技術職員名簿が毎年発行されている. 非常時のことを考えると,地域の行政には常勤の歯科関係職員が必要である.
2. 災害の経過と歯科医療のニーズ
まず災害時の,医科におけるニーズについて考える.
上田によれば,災害直後は圧死か外傷・骨折などのケースが二分された. 3日目より風邪の患者が増加し,1週目で外傷の患者がほぼ終息したとしている.
以後の患者の病状の推移と原因は次のものがあげられる.
肺炎・気管支炎:地震前よりインフルエンザが流行していたが,第2週より急増・5週まで増加が続いた.
原因として,避難所での劣悪な環境(寒冷・栄養不良・脱水)があげられる.肺炎は2次災害と言える.
気管支喘息:砂ぼこりと火事による空気の汚染のため悪化.
出血性胃潰瘍:ストレスによる吐血の患者が急増.
心筋梗塞・心不全:寒冷な避難所での生活・ストレスが原因.
脳血管障害:脱水による血液濃縮から脳梗塞,ストレスによる高血圧から脳血管障害が増加.
精神疾患:被災の経験による心理的外傷の増加.
このように医療のニーズは災害からの時間の経過と共に刻々と変化する.また規模が大きくなるにつれ2次災害としての疾病が増加する.
歯科疾患においても同様に,災害時の時間経過と伴にニーズが変化すると予想される.
それぞれのステージに対する対応策について考える.
1)震災直後のショックや顎顔面外傷に対する対応
これについては大きな手術を行うには基幹病院の口腔外科が必要である.そのためにも病院歯科の充実が必要である.また救急蘇生の訓練のさらなる充実が望まれる.
2)重症口内炎・歯周病の急性発作に対する対応
数日後,栄養状態の悪化から,抵抗力の減弱による重症口内炎が多くなる.また遅れて抵抗力の減弱から,歯周病の急発の増加が予想される.
巡回診療における救急医薬品のリストに抗生剤・鎮痛剤は入っていたが,ケナログなど歯科関係の薬品は救急医薬品のなかに入っていなかった
.(保健所では5日後から抗生剤などの薬剤は入手可能であったが,ケナログなどは含まれていなかった.)
口内炎や歯周病の急性発作は,投薬・洗浄のみで対処できるので,薬剤さえあれば歯科医院で対応可能である.
3)歯髄炎等による疼痛に対する対応
歯髄炎などは発生当日から起こっているが,数日間は混乱のため歯に注意がまわらず,生活の落ちつきとともに増加することが予想される.
電気・水道などの復旧のない場合は鎮痛剤の投与を行い.とりあえず再開している近医へ紹介する. ちなみに神戸市内約800カ所の歯科診療所のうち,
震災後10日で診療可能な場所は37%,約50日目では70%まで回復していた.
4)義歯の紛失による対応
阪神淡路大震災は早朝に起こったため,夜間義歯をはずし寝る習慣のあった高齢者に紛失が多かった.
ここで義歯の紛失に関するエピソードを紹介する.
(1) 入れ歯がないので乾パンや冷えたお握りなど,避難所での食べ物が食べられない.
(2) 無理やり水で流し込もうとしても水がなく,仮にあっても冷たい水では体が冷えてしまう.
(3) 震災の次の日に,崩壊した家へ義歯を捜しに行った.
(4) 普段の食事では義歯がなくても不自由しなかったが,避難所の食事は食べられないので入れ歯を作って欲しい.
(5) 寝ている時に地震が起こったら恐いから義歯も眼鏡もはずせない.
このような状況下で,緊急時には即時に作製できる暫間義歯のニーズは高い.
もちろん1・2カ月後には再開された歯科医院で本義歯を作製するよう患者に伝えることが重要である.
5)小児における新生齲蝕
避難所でお菓子ばかりを食べていた小児に新生齲蝕が発生し,数カ月後から重症齲蝕を持つ児が増加した.
6)器具・材料について
歯科の器材は,処置に応じて絶対必要なものと,あれば便利なものがあるが機材の搬送等の関係からも最小限の器具に止めるべきである.
また,災害直後と1カ月経過後では処置内容も異なるので,それぞれのステージで必要な器具についてあらかじめ検討する必要がある.
3. 口腔清掃に対するニーズについて
口腔清掃は,齲蝕や歯周病の予防だけでなく,人間関係にも影響する.
ある避難所には口臭がひどい方がいた.
寒さで部屋が閉めきられていたため,
他の避難民から「その人がしゃべり出さないようにしてくれ.」と言われ辛い思いをした保健婦がいた.
さて,歯ブラシの避難所への経路は,保健所・区の生活用品・ボランティアから等,バラバラで入っており物資の流れが悪かった.
避難所に歯ブラシが届いたのは約20日後であった.
流れが悪かった理由の一つとして,救援物資の中身が不明なことがあげられる.
歯ブラシ等の救援物資を送る場合は,箱の外に大きな字で“歯ブラシ○○本”と書くことが大切である.
また歯ブラシが,
避難者にスムーズに行き渡る方法としては,歯ブラシを単独に配るのではなく,タオル・石鹸などと一緒に歯ブラシを入れた”清潔セット”が便利と考えられる.
また水のない場合は,洗口液による歯磨きも一法である.また火災による煙や建物の取り壊しなどの粉塵により喉の痛みを訴えることが増える.
そのような場合は,洗口液は有効である.しかし,洗口液などは個人に配ると不平等になりトラブルの元となるので
避難所などの洗口所に日時と「ご自由にご利用下さい。」と書いて置く.
一方,避難所に比べテントや民家での生活者には,物資が行き届かないことが多かったので今後留意する必要がある..
ガスと水の供給
ガスの供給
阪神淡路大震災においてもガスの再開がもっとも遅れ2週間後では10%に満たなかった.これはガス漏れによる爆発や火災を考えると当然である.
しかし,プロパンガスによる出火は,ガスの元栓を閉めたことや,ボンベの安全装置の働きによりみられなかった.さらに被災地における震災後2週間のプロパンガス普及率は95%を越えていた. そのため,プロパンガスに切り替え営業を再開した店舗も多かった.
また,ガスに関してはカセットコンロが生活用品として役立った例が多く,被災者への差し入れとしてコンロ用のガスボンベが喜ばれた. カセットコンロは,生活用品のみならず,歯科治療にも応用できる.
火の確保には,防水マッチの他,太陽光を利用した太陽光着火器やどんな環境でも着火するブラストマッチ(
http://www.uside.net/match/)などもある.
また非常用として単1乾電池を3本つなげ固定し,台所にあるスチールタワシを伸ばし両極に当てるとスチールタワシが簡単に発火しロウソクの種火として利用できる.
さらにロウソクの反対側にアルミホイルを立て反射させることで,より明るさを増すことができる.
阪神・淡路大震災以来,さまざまな防災グッズをまとめた非常持ち出し袋などが市販されている.またアウトドア用品をまとめた防災セットは,あらゆる局面や天候に対し準備されているので,屋外での生活を余儀なくされる場合には重宝するだろう(http://www.uside.net/set0/).
実際,大阪のアウトドアショップを訪れ,折りたたみ式で蛇口の付いたポリタンクや固形燃料,寝袋,家財道具を運ぶキャリーなどを購入する被災者が多かった.
水の供給
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水は,1日2.300ccを補給する必要があるばかりでなく,歯科診療にとっても必需品である.
そのため地震の直後では,断水していないこともあり風呂に水をためるべきである.
マンションには,屋上に給水タンクがあり,直後の水の確保は可能だろう.しかしポンプには電力が必要なので,次第に水の供給は困難となる.火災のことも考え水の確保は極めて重要である.
ちなみに阪神淡路大震災時では2週間後には約2/3が復旧した.
洗濯やトイレ用には,風呂の残り水も利用できる.近くに川があれば,バケツに紐で結び水を汲む.
降雨時には,ビニールシートやレインコート等を,紐で建物や木になどに結びつけ斜めにして下にポリバケツ等を置けば水を確保できる. 紐がなければ布のガムテープを代用する.
給水車が来た場合,洗面器程度の容器では充分な量を確保することは困難である.
そこで,ポリバケツや段ボール箱に,大きな厚手のゴミ袋を二重に重ねたものを用意すると充分量が確保できるし,持ち運びにも便利である.
飲料水等の消毒として次亜塩素酸ナトリウム(6%)を含んだ殺菌消毒剤としてビューラックス(KKオーヤラックス
http://www.oyalox.co.jp/index.html)や, 携帯用として2,3滴で1?の水を殺菌し飲み水にできるピュア(KKオーヤラックス))(旅行用品・スポーツ用品店でも販売)が市販されている.またイソジンを滴下するのも有効である.
また,原水を入れ吊り下げるだけで飲料水や傷口の洗浄にも使えるドリップデリオス(
http://www.uside.net/delios/)などもある.
神戸の経験からも
これから泥などが乾燥し,風により砂塵などが多くなります。
必ず呼吸器の疾患が増えます。
今のうちに,大量のマスクの手配が重要だと思います。
岡崎先生HP→http://leo.or.jp/Dr.okazaki/
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